赴任してからの読書感想文:8月~9月

派遣中

マラウイ生活スタートした2017年10月から、今年の終わりまで月10冊の150冊を目途にし、この時点で134冊の良いペース。まるまる2カ月分ぐらいの振り返りで似た内容投稿していましたが、今回は直近読み終わった2つに絞り、頭の整理兼ねて記載します。

 

<紹介する本>

竜馬がゆく/司馬遼太郎/文藝春秋

ホモ・デウス/ユヴァル・ノア・ハラリ/河出書房新社

 

竜馬がゆく/司馬遼太郎/文藝春秋

 

協力隊来る前にも読んだことありましたが、尊敬している方の協力隊期間中にこの本読まれ、人生のミッションステートメントが舞い降りたってエピソードにならい改めて読むことに。著者の本はいくつか読んでいますが、この本がダントツで好き。正直「坂の上の雲」の良さは全然わかりませんでした・・

 

当時の日本には「日本人」という概念が無く、あくまで「藩」を中心として「幕府」に仕えることを信じて疑わない世界。討幕や開国などを唱える人はちらほらいますが、竜馬の自由闊達ぶりは一つ次元が違っています。欲を言えば、「竜馬はこの時代の奇跡だ。」的な位置づけとせず、なぜこのような思想をもつに至ったかの洞察なんかももっと欲しかったかも。

 

大政奉還が決まった瞬間は鳥肌ものでした!安直な言葉ですが、正直慶喜もすごい。この二人の行動や決断が日本を世界に開かせたとひしひしと感じました。

 

「世に生を得るは事を成すにあり。」

 

「しかない、というものは世にはない。人よりも一尺高くから物事をみれば、道はつねに行く通りもある。」

 

大政奉還後、暗殺されてしまいますが、世界の海援隊としての竜馬も見たかった!

 

ホモ・デウス/ユヴァル・ノア・ハラリ/河出書房新社

 

世界的ベストセラーとなった「サピエンス全史」、個人的にここ数年読んだ中で一番を争う本。その続編的な本ということで、洋書の段階から買っていたものの、気づけばKindleのなかで埋もれていました・・。こないだ日本語訳が出て、さっそく読みました!

 

家畜化された種は、種全体としては無比の成功を収めたものの、その代償として、個体としては空前の苦しみを味わる羽目になった。

 

動物は憂鬱や幸福、空腹や充足は感じるかもしれないが、自己という概念は持っておらず、自分が感じる憂鬱や空腹が、「私」と呼ばれる唯一無二の者に属している自覚はない、というのだ。

 

この本を通して、「自己」とは何かを一貫して問いかけている気がしました。ナノテクノロジーや、SNSの利用などにより、これ以上分割できなかったはずの「個人」が分割されたり、自分で意識している以上に多くのことが外部で分かってしまっている世の中。

 

どうしても現状意識しやすい「個体」レベルでの「幸福」や「生きがい」を考えがちですが、この概念の柔軟さが今後ますます必要になってきそうだと感じました。

 

二十一世紀初頭の今、進歩の列車は再び駅を出ようとしている。そしれこれはおそらく、ホモ・サピエンスと呼ばれる駅を離れる最後の列車となるだろう。

 

この本にも書かれていましたが、いわゆる絶対的な貧困は今後もどんどん改善していくかと。ただ同時に、「差」は開く一方であるという指摘には正直同意見。かつ、個人的にはそれが本当に悪なのか疑問。資産が世界で1位の人と、1000位の人は全然額が違うかもしれないけど、正直自分からしたらその差はどうでもよく、自分と2者への「差」感は対して変わらない。「格差」といえば聞こえが悪いけれど、「多様性」と言えばポジティブな感じでもある。

 

また、人類自体がホモ・サピエンスからホモ・デウスへと移行するのか。もしくは、人とは全く異なるアルゴリズムにバトンを渡すのか。自分が生きている間に現実レベルで人類が向き合う課題となりそうだと。

 

「竜馬がゆく」の大政奉還から150年足らずで、「種」としての在り方が問われるような世の中になるとは、竜馬も誰も考えられていなかったはず。かつ、徐々にマシになっていると思いますが、産業革命以降のゴリゴリの、搾取的な資本主義の様子が描かれた本を最近いくつか読み、うまく言えませんが今がとっても不思議な時代であるとよく感じています。

 

ホモ・デウスでも書かれていたように、これまでの人類の歴史は「飢饉・疫病・戦争」の解決という、ある種明確な目標がありました。ただ、今後の「不死・幸福・神性」へと向かうに辺り、「サピエンス全史」の最後にあったように「私たちは何を望みたいのか?」を、遺伝子の意図・個体の願望・社会の流れを加味し、考え続けるべきだと感じました。

 

マラウイ生活一覧

コメント