本日のざっくりした流れ
<午前>
語学
<午後>
プレゼンテーションとファシリテーションに関して
海外保険に関して
現地で伝えたいこと
プレゼンテーションに関する講座において、自分の好きなこと、かつ現地でも知って欲しいことをプレゼンしようという内容。自分が発表したこと記載。現地の人にわりと本気で知ってほしい。
社会貢献は楽しい!
1)自己紹介。このブログで書いているけれど、簡単なここまでの経緯。「高校まで野球ばかりで、大学に入って将来に悩む」→「本を読み漁り、自己啓発本にやたら出てくる、与えることは素晴らしい的なフレーズにのっかる」→「大学の生協で2000円募金」→「なんかくすぐったい、面白い」→「寄付に興味をもつ」
2)寄付、ボランティアの魅力
証券会社に勤め、将来的にも「お金」を中心に色々したいと考えており、↑の画像も「お金」が軸。基本、「貯金」「消費」「投資」「寄付」といった4つの使い方があり、貯金・消費は自分に寄せている感じがする。一方、「寄付」ってとてもベクトルが外に向いている気がする。本質的な投資もそう。新しい可能性にたくさん出会える。「知らない世界」「新しい体験」「テクノロジー」「社会問題」etc
自分がNPOでインターンしていた時、提供していた「社会貢献教育」を受講した高校生が、「寄付=簡単な社会とのかかわり方」との感想を抱いていた、その通りだと思う。ボランティアを含め、社会貢献を通じて様々な経験ができ、答えがないので、自分の価値観と向き合うことにも繋がる。
3)現地で伝えたいこと
現地の人に「社会貢献は楽しい!」とは伝えても難しいように思う。どちらかというと、本質にある「新しい可能性」に触れることの楽しさを知ってほしい。加えて、与える時の選択肢は無限大なので、それを通じて自分の価値観に向き合うこと、さらには自己肯定感の向上にも繋げてほしい。
一昔前は、一方的な「与える」「与えられる」側の構図があり、「援助慣れ」といった言葉が生まれるような原因になった。最近は、「一緒に・共同する」「住民参加型」「持続可能」といった言葉がよく聞かれる。ただ、個人としてはもっと現地の人に「与える」、「外に働きかける楽しさ」を知ってもらいたい。「与える」「与えられる」、これらはどちらも、人類の特徴として挙げられる「社会性」のために必要な特性だと思う。時には甘えるように「与えられ」、時には「与えられる」ことを通じて、社会が円滑にまわるのだと。どちらか一方だけの立場になるのは「人」としてもったいない。
そんなことを再認識した一日。
昼食カレー!ヘルシーすぎる食べ物が多く、かなり嬉しい
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