訓練生インタビュー「講座委員」

派遣前訓練

訓練生インタビュー、今回ご紹介するのは講座委員長のNさん。自分も講座委員であり、Nさんが委員長してくれたおかげで、みんながうまくまとまり、委員で企画した講座が良いものになったと思います。看護師だった方ですが、病院以外での経験も色々されており、こういった選択肢・考え方があるんだと色々参考になると思います。以下インタビュー内容です。

 

講座委員長・ザンビア派遣予定・感染症・エイズ対策・Nさん

 

協力隊に応募したきっかけは?

幼稚園ぐらいの時に家族と一緒に貧困問題等のテレビ番組を一緒に観ていた。幼いながら、世の中には“困っている人”がいると感じて自然と涙が出て、それと同時に“なんとかしなくちゃ”と思ったのを覚えています。

 

協力隊を知ったのは小学校の時だったと思います。学校に協力隊経験者の人が来てくれて、途上国の話を聞いて、あのテレビで観た “困っている人”が暮らす国の話にも関わらず、何だか楽しそうで溌剌としていた印象でした。そんなきっかけから、いつか国際協力に関わりたいと思い描いていたように思います。

 

学生時代はどんな人(専攻、海外経験、国際協力への関心)

看護の道を選択したのは、高校2年生の時に偶然学校の掲示板で見つけた看護体験の企画に参加して、そこで出会った看護師さんの言葉に胸を打たれたからです。

 

その時私はちょっと知ったふりして、看護師さんに「ナースステーションから近い患者さんは重症で、遠い人は軽症なんですよね。」と聞いたら、「確かにそういった部分もあるかもしれない。けれど、患者さんはみんなそれぞれ病気と向き合っている。重いも軽いもないんじゃないかな」と返答が返ってきたんです。一人ひとりの患者さんに対して、それぞれの病気を含めた人生に寄り添っている姿に感銘を受けました。たった1日の看護体験だったけれど、これしかない!と感じ、自分の鼓動が感じられるくらいドキドキしていました。

 

大学では、医療や保健の問題はその分野だけでは絶対に解決することができないと考えていたため国際協力の医療保健分野を、広く捉えられることを意識して様々な活動をしていました。教育系のスタディツアーに参加したり、看護以外の仲間を作るために学部以外のサークルに入ったり、様々な大学の学生が集まるNGOの学生部で活動をしていました。

 

協力隊に応募する前は何をしていた?(仕事はやめた?)

大学卒業後、「病棟の看護師」→「国際保健のNGOでインターン&企業での勤務を同時並行」→「病棟の看護師」を経て協力隊の訓練に入っています。

 

大学卒業後、国際協力は見据えながらも、軸となる看護師としてのスキルを身につけたいと思い、総合病院に5年程勤めました。元々は臨床は3年程度で辞めて協力隊に参加できたらと思っていたのですが、上司に相談したところ「自分のために行くのではなくて、相手のために行く実力を身につけた方が良い」と言われました。その言葉が心に残り、もう少し頑張ってみようと思い、結局5年間病棟でお世話になりました。

 

2016年の1年間は臨床現場を離れて学びたいことを学ぶ1年にしようと思い、保健分野の国際協力を学ぶために国際保健のNGOでインターンをしたり、それと並行してビジネスの経験を求めて大学の先輩が興した会社でも働かせてもらったりしていました。

 

病棟の看護師を辞めてからの1年間はとても貴重だったように思います。病棟の現場を離れてみて初めて、自分は看護が好きなんだ、ということに気がつきました。この気づきは「いつか〜の力になる」にも書きましたが、今後の私の軸になりそうです。

 

協力隊の受験について。今回の協力隊受験は、実は3回目になります。今回の職種は「感染症・エイズ対策」ですが、これまでの2回は「看護師」の職種で受験をしました。結果は2回とも「登録」となってしまいました。

 

私はどちらかというと地域の事に関わりたかったのですが、一方で病院の経験しかなかったので、経験が足りなかったんだろうなあと今になっては思っています。因みに、看護師の技術面接では、2回とも同じ面接官で「その実力で日の丸を背負って海外に行く自信があるの?」と指摘された言われたことが今でも忘れられません。

 

今回は「感染症・エイズ対策」の職種で受験をしました。「フィールドワークへの興味」「予防できる病気である感染症への興味」、そしてあと正直なところ「もう面接官に会いたくないなあ・・・」点もありこの職種で受験をしました。今回ダメだったら諦めようと思っていたので、3度目の正直で受かってよかったです。

 

委員会はどうでした?

(なぜ講座委員になった?)

私はこの協力隊での経験を通して“問題や課題に対して主体的に取り組んで、解決する経験を積みたい”と思っています。講座委員ならその経験ができるかなと思い、参加することにしました。

 

(なぜ委員長になった?)

最初から狙っていたわけではなく、誰も立候補しなかったんです。誰がなるのかなと考えていた時に、自分より適任がいるかもしれない、でも同じ候補生として、ここであえて引っ込む必要はない。そう思うと私もチャレンジしてみて良いのではないか、と思って立候補しました。

 

(活動はどうでした?)

とても楽しかったです!思ったように進まなかったこともあったけれど、委員全員で目標達成に向けて一緒に歩めている気がしていました。また、活動を通じて自分のリーダーシップのスタイルを考えるきっかけにもなりました。私はどちらかというと、ぐいぐい引っ張っていくタイプではなく、みんなの意見を引き出すことの方が得意かもしれないと気づくことができました。

 

現地での要請内容は?あと、現地でどんなことをしたい?

地域のヘルスセンターに配属されて、主に学校に赴いて同僚と共にHIV/AIDS予防の普及啓発を行う予定です。そのほかには、ヘルスセンター内の業務支援(5Sなど)にも取り組む予定です。

 

活動以外では地域のおばちゃん達と仲良くなりたいです(笑)。また、初アフリカなので、サファリや、ビクトリアフォールズなど自然を楽しみたいです。

 

帰国後はどうするつもり?将来はどんなことをしたい?

看護の視点から社会に影響を与えられる人になりたいと思っています。大学院への進学、臨床現場への復職、具体的なところは悩み中です。

 

「いつか~の力になる」にした理由は?

<Nさん記入>『いつか「看護で人々の健康を支える」力になる』

 

考えてきたことを言葉にした感じでした。この作業を通じて改めてこれが私の軸だと気づきました。

 

幸せだと感じるのはどんな時?

自分もまわりも笑顔の時!

 

影響を受けた「人物」「本」「映画」があれば教えてください

先ほど述べた、看護体験で出会った看護師さんです。看護の世界にいれば、いつか会えることがあるのではないかなと、信じています。

 

これからの意気込みをお願いします!

軸をもって、頑張っていきたいと思います!

 

<インタビューを終えて>

インタビュー関係ないですが、講座委員による講座、最後に委員長からのあいさつがあったんですけど、終わったあと冗談交じりで「泣いて欲しかったなー」と言うと、「最後に私が泣いちゃうと、主役みたいになっちゃう。この講座は講座委員のみんなでつくったものだし、もっと言えば訓練生全員でつくったもの。泣かないって決めていた。」とのこと。さすが!

 

Nさんへ、内容確認急かすようなかたちになりすいませんでした!いいこと書いたつもりなのでチャラにして下さい。そしてありがとうー!

 

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